HITOTOMIRAIな役員 Vol.3 取締役副社長 森 隆史 プロパー役員が語る

「HITOTOMIRAIな役員」シリーズ。3回目は、株式会社ジンジブ取締役副社長の森です。

森は、最年少で取締役に就任した新卒1期生です。会社との出逢いや、どのようにして入社5年で役員に就任したのか、入社からのヒストリーについてインタビューしました!

森 隆史(もり たかし)

株式会社ジンジブ 取締役副社長

2006年4月株式会社ピーアンドエフに新卒1期生として入社。27歳の2012年7月に最年少で取締役に就任し、全国の営業を統括。
2016年7月人と未来グループ 取締役に就任。
2017年ピーアンドエフ常務取締役就任、同年、10月にジンジブの副社長に就任し、JOBドラフト事業を成長路線へ牽引する。

新卒入社のヒストリー

-大学時代の森副社長について教えてください!

高校時代は野球球児で、エースピッチャーでした。高校球児の誰もが憧れる甲子園を目指して、朝から夜遅くまで部活と自主練の毎日でした。

その反動か、大学時代では、とにかく自由に過ごしたくて、大学にはほとんど行かず、アルバイトや遊んでばかりで本当に不真面目な学生でしたね。
社会人になれば仕事一色になることは分かっていたので、「最後の遊びの時間だ」と思っていたんだと当時を振り返り思います。

就活をするタイミングまでは仕事のことや起業のことについてはほとんど考えていない学生でした。

-へぇ、意外です!就職活動はどのように行ったのですか?

行きたい業界もやりたいことも決めておらず、最初は大手企業含めて、いろんな会社を見ようと思いました。「就職活動も人生で1回」と思い、50社くらいは会社説明会に参加しました。大手企業からベンチャー、業界もバラバラでしたが、自分でのキーワードの軸は「起業ができる会社」で探していました。

起業したいという想いは就職活動中に芽生えました。「人から指図されるのが嫌い」という性格もありましたし、色々な社長の話を聞いて、カッコ良く映り「早く経営者になりたい」という好奇心が最初だったと思います。

-ピーアンドエフと出会いは覚えていますか。

求人サイトで見つけて、インスピレーションを感じたのを覚えています。エントリーをしようとすると説明会予約が満席だったのですが、直接問い合わせメールを送って「立ち見でもいいから参加したい」と伝え参加しました。

説明会が終わると純粋に「この会社に入社したい」と思っていました。直感に近い感覚です。
事業内容がどうこうではなく、会社説明会の雰囲気や登壇した人の雰囲気に惹かれていました。

ピーアンドエフに内定を頂いた後、ある人材会社からもオファーを頂きました。初任給がその会社の方が高くて、実は、そちらに行こうとしていたんです。

佐々木との面談で正直にそのことを伝えると、
「目先のことで会社を決めたらあかん!」
「うちに入って3年・5年経てば森君であればもっと給料が貰えるし成長ができる」
と言ってもらいました。
入社するかわからない学生に対し、真摯に向き合ってもらい、こういう会社は他にないかもしれないと感じ、その場で入社を決意しました。

今思えば、ピーアンドエフに入社していなければ、若くして会社経営に参画できていなかったかもしれません。

新卒1期生・最年少取締役を振り返る

-入社から取締役就任になるまでの経緯を教えてください。

ピーアンドエフの入社後は、大阪本社の営業部に配属になりました。当時は携帯電話の市場拡大期。販売促進・プロモーションのご提案が主事業でしたが、新人の頃は、集客企画やノベルティの冊子を持って、毎日営業に周っていました。

社会人初めての仕事は、飛び込みで訪問した企業様の会社パンフレットでしたね。思い出深い受注です。

入社2年目の24歳で営業リーダー(現在の主任)になりました。
25歳で次長に、26歳で部長になりました。
当時は、常に営業成績がランキング化されていて、昇進や研修参加を賭けた同ポジションの業績バトルを会社が用意してくれました。
そして都度結果を出し、役職も上がっていきました。

部長に昇進した時は、営業責任者同士で6か月間の業績バトルを行い、私が担当していた部署の業績目標達成と昨年対比150%で成長させました。

-その後、27歳で取締役に。秘訣はご自身ではどこにあったと思いますか?

まずは、押さえるべき大事なポイントで外さずに成果を出し続けたことだと思います。
「仕事とは成果を創ること」が佐々木から教えです。入社後から成果を創るために人一倍の仕事はやってきたと思っています。

次に、「組織」で成果を創ることです。私自身、どちらかといえば強いリーダーシップで引っ張る傾向が強いですが、結果について怒ることはありませんでした。しかし、妥協や怠慢、嘘をつくこと、やればできることを怠った時には厳しく指導していました。反面で、厳しくした後のフォローアップには人一倍心がけている方だと思います。
「寄り添うこと」と、「自ら考えさせること」の2軸を意識しています。

もう1つ、私が自信を持って言えるのは、「凡時徹底(当たり前のことを誰よりも当たり前にやる)」です。元気な対応、ネガティブな発言はしない、人の悪口は言わない、5マメ、やった方が良い“当たり前”のことを誰よりも徹底しています。

入社一年目の時から提案資料の作成や、お客様へのメール、計画作りなど、前日にやるべきこと、適当にやっていたら今の私はないと思います。

こう見えて、真面目で素直なんですよ。笑

素直さ、熱心さ、情熱です。

-“情熱を切らさない”ことは簡単にできることではないと思います。くじけそうになったことはないのですか。

たくさんありますよ。笑 

でも会社を辞めたいと考えたことは一度もないです。

「中途半端で終わりたくない」「逃げない」「まだまだやれる」という感情が異常に強く、ずっと情熱を持ち続けているというのが僕の強みなのかもしれません。

大阪の営業責任者をしていた部長時代は、これまで一歩一歩叩き上げで積み上げてきた自信もあり、そこまでマネジメントには悩んではいませんでした。
取締役になって、全国の営業部を統括するようになり、大阪でのマネジメントスタイルを東京でも続け、2年目くらいから“何か違う”と悩み始めました。元々上司だった方や先輩の方々全員が部下になりましたからね。
取締役になりたての当時はカッコつけたり、虚勢を張っていたことが色々あったと思います。

現場にはバリバリと出向き、社長に対してもライバル心のような感情や、いつからか対抗するような葛藤もあったと思います。悩みながらも組織論を学び、それくらいから自分の№2としての役割を少しずつ理解しだしたと思います。

くじけなかったのは、「会社を絶対に成長させる」、「ピーアンドエフはこんなステージで立ち止まっている会社ではない」という念いや、メンバーみんなと苦楽を一緒に過ごしてきたことや、立場の近い役員陣にも支えてもらったことが大きかったです。

ジンジブへの転身

-そして昨年のピーアンドエフからジンジブへの転身。心境はいかがでしたか。

去年の夏、経営陣リソースの選択と集中を行うため、グループ役員会議合宿を行いました。全役員陣が、可能性を秘めている高卒採用事業を伸ばすべきだと意見が一致しました。

入社以来すべてをピーアンドエフに懸けてきて、自分の人生も賭けてきたので、高卒採用の事業に魅力は感じていても、ジンジブで仕事をする想像は一切ありませんでした。


そのため、悩みに悩みましたが、グループ全体の成長の為に、ジンジブにいくと決断しました。

決断をしてからは覚悟を決め、気持ちは振り切りました。

ジンジブメンバーとは、これまでもコミュニケーションはとっていたので、抵抗はなかったですね。ジンジブは若いメンバーが多く、雰囲気も良くて、良い人材も揃っている、可能性が満ち溢れているなという印象を感じました。

-今後の目標を聞かせてください。

日本一のパイオニア事業にするためにも同志のメンバーをどんどん増やしていきたいですね。

そして、高卒採用事業が掲げるビジョン「18万人の高校生と中小企業の未来を輝かせる」を実現させ新たな高卒文化を創り、日本の歴史にジンジブやグループの名を刻みたいです。

社会や仕事は学歴ではなく、“誰にでも可能性は平等にある”という世界観を創り、高卒でも大成功できる金の卵がこんなにもいると私たちが証明し、高校生にも自分の無限の可能性に気づいて欲しいと思います。

 

お子さんと2

休日はパパです。

情熱的なビジネスパーソンのイメージが強い森副社長ですが、休みの日は二人のお子さんパパモードです。

森の話や、ジンジブが展開する事業について詳しく聞きたい方は、是非会社説明会へ起こしください!

次回は、ピーアンドエフ 取締役 渡辺のヒストリーを聞いていきます!

お楽しみに。